M&Aで売り手がまずやるべきこととは?~その①~に引き、続き会社・事業を譲渡したい中小企業・個人事業主の方がまずやるべきことを解説します。引き続き売り手必見の、定石解説です。
1.専任か非専任か決めよう!
仲介業者・アドバイザーとの契約は、依頼した仲介業者・アドバイザーにしか依頼できない専任契約か、同時に複数の仲介業者・アドバイザーに対して依頼できる非専任契約の2種類に分かれます。非専任契約の場合、複数の仲介業者・アドバイザーが動くので買い手を幅広く紹介してもらえるメリットがありますが、案件が多く出回ってしまい情報漏洩のリスクが高まるといったデメリットもあります。
形態 | 内容 | メリット・デメリット |
専任 | 仲介業者・アドバイザー 1社のみと契約 | ≪メリット≫ 優先して対応してもらえる 情報漏洩のリスクが低くなる 仲介業者・アドバイザーのモチベーションが高まる |
非専任 | 複数の仲介業者・アドバイザー と契約 | ≪メリット≫ 広いルートで買い手先を探すことが出来る ≪デメリット≫ 出回り案件になりやすい |
2.契約書を確認しよう!
複数の仲介業者・アドバイザーから1社、専任契約に絞りました。いよいよ契約書結ぶ時が来ましたが、契約書を結ぶ際気をつけるべき点がいくつかあります。基本的に契約書は仲介業者・アドバイザーが不利にならないための条項がたくさん配置されています。その内容について理解し、納得した上で契約することが大切です。以下注意点について解説していきます。
- 報酬・費用について
- 免責事項について(情報免責)
- 特約(中抜き条項)について
① 報酬・費用について
業務の対価として支払う報酬が記載されているかと思います。着手金と成功報酬に分かれているケースがあり、成功報酬に重きが置かれているケースがほとんどです。成功報酬のみといった仲介業者・アドバイザーも多く見られます。そこで、成功報酬について検討したいと思います。
成功報酬は取引対価等の金額に一定の掛け目を掛け合わせて計算される方式(レーマン方式)が多く見られます。例えば、以下のようなケースについて検討します。
契約書の例:
2億円以下の部分 | 5% |
2億円超5億円以下の部分 | 4% |
5億円超の部分 | 3% |
取引対価が4億円だった場合、2億円×5%+(4億円ー2億円)×4%=1,800万円が手数料となります。この掛け合わせる基になる取引対価等については色々な概念があるので注意しましょう。適切な成功報酬かどうかについては、M&A仲介会社・FA比較のカテゴリーで詳しく解説します。
② 免責事項について(情報免責)
依頼主が仲介業者・アドバイザーに提供する情報(財務情報など)について、仲介業者・アドバイザーは責任を負わないことを記載する事項があります。これは仲介業者・アドバイザーが自身を守るために絶対外せない事項となります。依頼主が責任をもって情報提供するべきなので、この条項は記載されるケースがほとんどで、外すのは無理かと思われます。
③ 特約(中抜き禁止条項)について
特約として、「本契約の有効期間終了から〇〇ヵ月以内に紹介した相手候補者とM&Aについて合意した場合、契約期間中に M&Aについて合意したとみなし、成功報酬を払うものとする」といった内容の条項がある場合がほとんどです。これは中抜き禁止条項もしくはテール期間条項と呼ばれ、依頼主が仲介業者・アドバイザーに報酬を払うことを回避するための抜け道を許さないための条項となります。紹介したからには契約が終了した後も紹介した相手とM&Aをするなら手数料を下さい!といった趣旨です。この条項も記載されるケースがほとんどで、外すのは無理かと思われます。
3.希望譲渡価格を決定しよう~①~
依頼主にとって最大の関心事項は「自分の会社・事業はいくらの価値なのか」についてかと思います。 自分の会社・事業の価値はいくらなのかがわかれば、譲渡希望価格を決定する際の参考となるからです。では自分の会社・事業の価値はいくらなのか算定する方法はあるのでしょうか?結論から言うと、会社・事業の価値を正確に算定する方法はありません。しかしながらM&Aの世界には公正価値という考え方があります。以下解説していきます。
- 会社・事業の価値は正確に算定できない?
- 公正価値とは?
- 簡単な公正価値方法は無いのか?
① 会社・事業の価値は算定できない?
会社・事業の価値は正確に算定できません。なぜなら会社・事業の価値は売り手にとっても買い手にとっても主観が介入するからです。また、売り手は1円でも高く売りたいと思っていますが、買い手は1円でも安く買いたいと思っているため、話もかみ合いません。そこでお互いが納得する価値算定手法が必要なのです。
② 公正価値とは?
公正価値とはフェアバリューとも呼ばれ、売り手も買い手も納得するために生み出された概念です。公正価値算定のための手法はさまざまで、大きく分けるとインカムアプローチ・マーケットアプローチ・ネットアセットアプローチなどが存在します。また企業価値、事業価値、株主価値と様々な用語も存在します。大変難しいのでM&A仲介業者・アドバイザーが算定することが多いようです。
③ 簡単な公正価値算定方法は無いのか?
会社の価値を算定する簡易的な方法として実務上用いられるのが「年買法」です。年買法とは、希望譲渡価格を決定する際、時価純資産に数年分の利益を加えて決定する方法です。M&Aの初心者に説明しやすいために編み出された実務慣行であり、公正価値算出として理論的な方法とは言えませんが、非常にわかりやすく運用しやすい方法です。
年買法の例: 時価純資産1億円・営業利益2千万円の会社の場合、1億円+営業利益(2千万円)×3年分とすると、1億6千万円となります。つまり、時価純資産に加え3年分の営業利益をプレミアムとして下さい!といった計算式です。時価純資産に追加するプレミアム部分の利益年数は0年~10年と幅広く、用いられる利益もさまざまです。業界や会社の経営状況によって追加されるプレミアム部分と考えて下さい。
4.希望譲渡価格を決定しよう~②~
公正価値の考え方については上記で述べました。では依頼主が売りたい価格、「希望譲渡価格」はどのように決めるべきでしょうか。以下解説していきます。
- 希望譲渡価格はM&A成功の重要な要素!
- 時間的要素を考慮する。
- 買い手がいて、M&Aは成立する!
① 希望譲渡価格はM&A成功の重要な要素!
希望譲渡価格の設定は、間違いなくM&A成功の重要な要素です。希望譲渡価格の設定を誤るとM&Aが迷走してしまうことが多々あります。売り手にとって大切な会社を譲り渡すのですから、1円でも高く売りたいのが本音かと思います。しかしながら金額が高すぎては買い手が不在となってしまい、金額が低すぎては売れた後のちのち後悔することになりません。そこで、買い手がそこそこ集まりかつ高すぎない価格に設定することが、M&A成功の重要なカギとなります。算定した公正価値を参考に、戦略的に希望譲渡価格を決定しましょう。
② 時間的要素を考慮する。
私が売り手の皆様に考慮して頂きたいのは時間の価値です。M&Aの世界では、売るのに時間がかかりすぎることは良いことではありません。買い手を集めるのに時間がかかった挙句、値下げを繰り返し結果的に安く会社・事業を売ることになるケースが多いためです。また売り手の方の中には、大変ご高齢の方もおります。会社を売って大金を手にしたのにすぐに亡くなってしまった、というケースもあります。時間をあまりかけ過ぎずに売ることができる希望譲渡価格に設定しましょう。
③ 買い手がいて、M&Aは成立する!
私が売り手の皆様に強く申し上げたいのは、買い手が存在して初めてM&Aが成立するということです。買い手不在の希望譲渡価格は、売り手、仲介業者・FA、買い手、誰も幸せにしません。買い手に響く希望譲渡価格を設定し、ある程度買い手候補が揃ったところで入札形式を採用するなどの手法により、より高く会社を買ってくれる相手先を決定するのが望ましい方法と言えます。
専任・非専任、契約書の確認、希望譲渡価格の設定について述べてきました。その重要性をご理解いただけたでしょうか?
引き続き、M&Aで売り手がまずやるべきこととは?~その③~で解説していきたいと思います。